「ヤバい。泣きそうだった。」
終演を迎え、浅草公会堂の階段を降りていく群衆のなかで、そう話す男性の声が聴こえた。その声が印象に残ったのは、筆者自身も同じ気持ちだったからだろう。
大切な何かを失ったときのこと、大切な人がいる奇跡を感じざるを得ず、胸がざわついてしまった。
前回「OTODAMA’23~音泉魂~」のレポートをしたが、それから筆者は水を得た魚のようにLiveに行くようになっていた。
今回は、7月13日(木)浅草公会堂で行われた弾き語り形式の回遊イベント「BABY Q」の東京場所第二夜をレポートする。
”BABYQ 東京場所”第二夜
出演者はEGO-WRAPPIN’(Acoustic Set)と向井秀徳アコースティック&エレクトリック(向井秀徳のソロ活動名義)の2組。
EGO-WRAPPIN’は1996年、大阪で結成された男女のユニットで代表曲に「くちばしにチェリー」「色彩のブルース」などがある。向井秀徳はZAZEN BOYS、再結成を経て2022年に解散したNUMBER GIRLのボーカル兼ギターだ。
幕が上がると、舞台背景には大きく松の絵が、袖には竹の絵が描かれており、出演者は5色幕から登場する。Liveハウスとは全く異なる雰囲気で、座席から立つ人もおらず、穏やかな雰囲気のLiveだった。
EGO-WRAPPIN’(Acoustic Set)の夢幻的な舞台
EGO-WRAPPIN’の2人が登場すると、観客席は暗転した。
小さな会場に、森雅樹のギターが優しく響き渡り、歌い始めたのは「AQビート」。ボーカル中納良恵の、のびやかな声が会場を包み込む。
「ちりと灰」では喉を楽器のように使いながら、しっとりと穏やかに歌い上げていく。ギターの低音に歌声がのり、観客は雰囲気にのまれた。
「”オフィス”を”おひつ”と歌ってしまいました。おなかが減っているのでしょうか。」と思わずクスリとするMCを挟みながら、会場を沸かす。
続いて「on this bridge」、「満ち汐のロマンス」、「Fall」を歌っていく。二人の影が松の絵に映り幻想的な雰囲気を醸し出していた。
途中で中納が取り出したのは鍵盤ピアニカ。中納の指先に触れるピアニカの音色は、彼女の声とどこか似ていて不思議な感覚に陥った。
「admire」では『大切だから あなたの夢は見ない 目覚めてないのが怖い 血を吐くような切なさも溺れた夜のさざ波も 心は消えない』と歌う。
悔しくも、この前日、ある著名人の訃報をうけた。メディアでよく見かける彼女の訃報に、筆者は少なからず胸を痛めていた。
真相は本人にしかわからないが「自分らしく」と何回も語り、変わっていく彼女の姿に、批判的な意見もみられていたのも事実である。
この歌詞は自然と、亡くなった彼女のことを想起させた。思わず涙腺が緩んだのは筆者だけではないだろう。後で知ったが「admire」を直訳すると「憧れ」だった。
ラストは「サニーサイドメロディー」。
軽快なリズムにのせ歌われる『どこからか風が種を運んでくれた神様がくれた 生命の証 覗きこんだファインダー 動き出した世界はきっと素敵だから』という歌詞に救われた。
世界を素敵だと思えないことも多いが、1人でも多くの人がそう思える日々を過ごせれば、と願う。
This is 向井秀徳!アコースティック&エレクトリック
20分の休憩を経て幕が上がると、向井秀徳がさっそくアサヒスーパードライ350缶を飲んでいる姿が目に飛び込んできた。
圧倒的なオーラに筆者の心は高鳴り、押し殺せない感情が湧き上がる。
「MATSURI STUDIOからやって参りました、This is 向井秀徳!」という声が響き渡り、歌い始めるのは「6本の狂ったハガネの振動(ZAZEN BOYS)」。
ギターをかき鳴らしながら歌う声は力強く、一気に向井の世界観に引き込まれた。
続いて「KU〜KI(NUMBER GIRL)」。
『4時半から6時の間 うろうろしている中野の駅前』『半分空気 透き通って見えるんだ』。かつて上京した筆者が初めて暮らした街、中野。当時の新鮮かつ苦々しい記憶さえも蘇り、胸を締め付けられた。
「Water Front(ZAZEN BOYS)」ではのびやかに、ときに、がなるような声で歌う。バンド編成のときよりも歌唱力が際立ち、歌詞の1フレーズ、いや1語1語を丁寧に歌い上げていく。
曲が終わるとともに必ず「This is 向井秀徳!」と叫ぶように言い放つ。
2本目のアサヒスーパードライ350缶を開け、続けて歌うのは「天国」。
『あなたがいればそこは天国 あなたがいないそこは地獄 あなたがいれば地獄も天国 あなたがいない天国は地獄』。
宮藤官九郎の映画『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』の劇中バンドに提供した楽曲だ。作詞は宮藤官九郎だが、向井がこんなにもストレートな愛の歌を歌うなんて知らなかった。
地獄さえも天国に変えてしまえる人は奇跡だと感じさせられた。
「KARASU」では『カラス飛んでいく 高層ビルを飛び越えて知らない街へ消えていく』から後半に向けて『真っ黒っけっけのカラス家の前で死んでいる』『区役所に電話した 2時間後に見てみると羽が一枚落ちていた』とたたみかけていく。
アコースティックだからこそ歌詞の内容が際立ち、映画のような映像を脳裏に描き出す。
向井の音楽には物語的要素が多く、歌詞の意味そのものより、歌詞から連想させる何かに筆者は憑りつかれてしょうがない。
そして「永遠少女(ZAZEN BOYS)」、「OMOIDE IN MY HEAD(NUMBER GIRL)」と展開する。
NUMBER GIRLの曲は何回も聴いているはずなのに独特の向井節がつき、新しい曲を聴いているようだ。一つとして同じ楽曲はなく、すべてに確固たる個性が放たれている。その魅力に筆者は「この人になりたい。」とさえ思った。
ラストは「はあとぶれいく(ZAZEN BOYS)」。
歌い終わるとアサヒスーパードライ350缶を持ち、飲みながら去っていった。
EGO-WRAPPIN’×向井秀徳のセッション
観客としては、是が非でも2組のセッションは観たいところ。
あらためて、3人が登場すると同時に舞台天井からはたくさんの藤の花が降りてきて、会場を震わせるような拍手が湧き起こる。
MCを挟み、JAGATARAの1曲を歌って締めた。JAGATARAは、1979年に活動開始、1990年に解散した日本のファンク・ロックバンドである。
コミカルなリズムに観客は一体になって手拍子を送る。中納は小さな体を大きく動かしながら、向井と森はギターを弾きながら歌う。
『ちょっとの搾取ならがまん出来る ちょっとの搾取ならば誰だって そりゃあがまん出来るさ それがちょっとの搾取ならば』 と。
SNS時代。積極的に情報発信をおこない、大衆に影響を与える力を持つ少数派ーノイジー・マイノリティに気付かずに振り回され、真実でなくても真実だと思い込んでしまうこともある。
そういう意味で我々は「マスと思わされるもの」に搾取されているのかもしれない。
『心のもちようさ 心のもちようさ 心のもちようさ 心のもちようさ』
最後は3人で手拍子をし繰り返し歌いながら、去っていき幕は降りた。
その楽曲のタイトルは「もうがまんできない」。