こんな経験を忘れてはいないだろうか。10代の頃、タワーレコードでたまたま試聴したCDに感動し、世界が広がった気持ちを。初めて行った大好きなアーティストのLiveで体が振動する音圧を浴びたときの興奮を。
コロナ禍で、Live配信が行われるようになり「暑くないし、家でゆっくりフェスが観られるのもいいじゃん。」と思いはしなかっただろうか。少なくとも筆者はそう思っていた。
今や時代はサブスク。気軽にコンテンツを楽しめる時代となった。
そんなとき、OTODAMA’23〜音泉魂〜(以下、OTODAMA)2日目のラインナップをたまたま見かけた。東京在住の筆者だが、気になっていたアーティストの出演もあったため「ゴールデンウィークだし、旅行がてら大阪まで行ってみるか!」と軽い気持ちで参加を決めた。
そして、当日。久しぶりに感じる人の密度にコロナ禍の終息を感じた。観客が一体となって盛り上がりリズムに乗ったり、声を出したり……。
あぁ晴空の下、音楽を自由に楽しめることはこんなにも尊いことだったのか。音楽を追いかけていた10代〜20代の頃を久しぶりに思い出した。
この記事では、2023年5月4日(木)に開催されたOTODAMA2日目をレポートする。
ファミリー層も満喫できる!OTODAMAとは
OTODAMAは、大阪府、泉大津フェニックスで開催される邦楽ロック・フェスティバルである。関西のイベンター、清水音泉が主催。清水「音泉」と「温泉」をかけて、会場には温泉を想起させるような趣向が凝らされていた。例えば、会場にある3つのステージは「DAIYOKUJOH(大浴場)」「ROTEN(露天)」「GENSEN(源泉) TENTO」と名付けられている。
会場は3つのステージを、約10分で往来できるほどコンパクト。シートエリア、スタンディングエリア、キッズエリア、フードエリアに分けられており、来場者は自由に過ごせる。キッズエリアでは楽しそうに遊ぶ子どもがたくさんいた。
2日目のラインナップ
2日目の出演アーティストは以下の通り。
UA / OKAMOTO’S / ODD Foot Works / クボタカイ / 崎山蒼志 / ZAZEN BOYS / サンボマスター / 女王蜂 / SIRUP / 水曜日のカンパネラ / CHAI / 鉄風東京 / ドレスコーズ / 羊文学 / 真心ブラザーズ / 家主 / Yogee New Waves
会場に着くとOKAMOTO’Sが「皆さんが今日一日を楽しめるようにー!」と「Beautiful Days」を歌っており、久々のフェスに気分が高ぶった。
筆者の目当てのアーティストは、水曜日のカンパネラ、CHAI、崎山蒼志、ZAZEN BOYSの4組。さっそく、シートエリアに場所を確保する。
この日は、驚くほどの晴天に心地よい風が吹いていた。真夏に開催されるフェスが多いが、OTODAMAは5月の開催。ちょうどいい気候で過ごしやすい一日であった。
世代を超える詩羽の魅力!水曜日のカンパネラ
初代ボーカルであるコムアイから詩羽へと、見事に世代交代した水曜日のカンパネラ。さっそくスタンディングエリアに移動し、登場を待つ。普段は観られない、本番前のリハーサルを観られることもフェスの良さだ。
本番前に詩羽が登場し、掛け声の練習をおこなった。水曜日のカンパネラの「ディアブロ」は『いい湯だね、いい湯だね』から始まる楽曲。詩羽が「『いい湯だね』と言うので皆さん『いい湯だね!』と手をグーにして返してくださいね!やってみましょう!」と語りかけた。詩羽が「いい湯だね!」と歌うと、観客は「いい湯だね!」と返す。いわゆるコールアンドレスポンスだ。「堂々と声を出していいのか!」とコロナ禍の終息を感じ、嬉しく思った。
本番を迎え「赤ずきん」「バッキンガム」「ディアブロ」を続けて歌っていく。布団を被ったオオカミが出てきたり、段ボールで作られた赤い車が出てきたりと型破りな演出も。
詩羽が「私ってカワ??」と煽ると「イイ!!」と観客が答える場面があった。個性的な衣装、個性的な髪形にメイク、弱冠21歳とは思えない堂々とした立ち振る舞いである。
ボーカルが詩羽に代わり、初めて出された楽曲「エジソン」。「インスタ映え」「YouTube」「サブスク」など時代を反映したようなキーワードがキャッチ―なリズムに乗って飛び出す。この曲で水曜日のカンパネラの存在を知った人も多いのではないだろうか。
「エジソン」の冒頭のアカペラ部分では、詩羽の歌唱力に鳥肌がたった。サビではお父さんやお母さんと思わしき人に肩車や抱っこをされながら、一緒に口ずさむ子どもたちが多く驚いた。
一方で1人で聴く中年男性も多くいる。水曜日のカンパネラに心をつかまれている世代は想像以上に幅広い。
「桃太郎」では巨大なエアボールに入った詩羽が、観客の上を歌いながら転がっていき盛り上がりは、最高潮に達した。
子どもから大人まで一緒に歌って踊る。そんなハッピーな空間だった。
会場中に浴びせかける熱くて強い言葉のシャワー!一体誰?!
水曜日のカンパネラの出演が終わり、シートに戻りゆったりしていると「大阪のゴールデンウィークは踊っていけない理由でもあるんですか??あ?ねーーーよなーーー!?」と煽りまくっているアーティストがいた。サンボマスターだ。
筆者がサンボマスターについて持ち合わせている情報はごくわずか。「ドラマ『電車男』の主題歌のバンド。朝の情報番組『ラヴィット!』のテーマソングを歌っている。」程度だ。
だが、周囲を飲み込む圧倒的なマイクパフォーマンスに惹きつけられた。「この前のOTODAMAってこれの10倍すごかったんですけどぉー!ここから愛と平和をさけべー!」と何度も叫んでいる。シートエリアでも踊り出す人がいるほど、その言葉には会場すべてを巻き込む力があった。
そしてこう言った。「忘れ物を届けに来たんです。コロナもあって戦争もあって忘れてることがあるだろ、おまえがクソだったことはねぇ、クズなんかじゃねぇ、ずっと美しいままなんだよ。それを言いにきました。」
思わず涙が出そうになる。世の中が鬱々としているなかで、この力強いメッセージは筆者の心に突き刺さった。
コロナ禍においていろいろと制限されていた社会。なくならない戦争、暗いニュース。多くの人にとって、この数年は落ち込むことも多かったのではないだろうか。
「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を歌い「最高さ」と何度も叫ぶ。最後の曲は「花束」。「おめーが花束!!」「愛してる」と何度も繰り返す。
大衆1人ひとりに語りかけるようなメッセージに、心が震えるのを感じた。アーティストからこんなに強いメッセージを受け取ったことがあっただろうか。
サンボマスターをよく知らない筆者にも届く愛のこもった言葉だった。このように、聴いてこなかったアーティストを知れることも、フェスの醍醐味である。
CHAIが魅せる規格外のかわいさと力強さ
「NEOかわいい」がコンセプトのガールズバンドCHAI。全米・全英・ヨーロッパにツアーを展開し、世界を舞台に活躍している。メインボーカルは双子のマナとカナ。マナはキーボード、カナはギターも担当する。リズム隊はベースのユウキとドラムスのユナ。
彼女たちのLiveは「It’s Showtime!」という掛け声から始まった。映像で観るより、はるかに力強い歌声に息をのんだ。
メンバーそれぞれが動きを合わせながら踊り、寸分の狂いなく演奏する。ギター、ドラム、ベース、キーボードが体の一部のようだ。サンプラーやミキサーまでも器用に操り、目がくぎ付けになる。
メインボーカルのマナはキレのある動きで正確にリズムにのり、早口に歌い踊る。その姿は、とてもパワフルでかっこいい。
代表曲「N.E.O」の始まりでは、マナは自らの容姿に言及する。「マイ アイズ ベリースモール、マイ レッグス ベリーショート、ディスイズ NEOかわいい!!」と。観客を見渡し、指を指しながら「お姉さんのメガネ、NEOかわいい!」「お兄さんの鼻高くて、NEOかわいい!」と語りかける。
CHAIの姿は自己肯定感をくれる。目が小さくても足が短くても、そのままでいいじゃないか、と。
コロナ禍で観たフジロックのLive配信では、マナが「私たちはミュージシャンで音楽を絶対辞めたくなくて、私たちのミュージシャンの人生のなかでLiveがないなんてあり得ない!」と語っていた。そんな彼女らの想いが現れた力強いパフォーマンスだった。
かわいくもあり、かっこよくもあるCHAI。これからも目が離せないアーティストだ。マナは最後に力強い投げキッスを何度もして去っていった。
多様性と個性。ミュージシャンがもつメッセージ性
水曜日のカンパネラやCHAIからは光を放つ個性を感じた。みんなと同じような服を着て、同じようなメイクをして……。そうではなく、1人ひとりの個性を大事にしていこうというスタンスが強く現れたパフォーマンスだった。
近頃、多様性を受け入れようという世の中の動きがみられる。しかし「多様性」という便利な言葉で個性がまとめられてはいないだろうか。個性は多様性を構成する要素であり、誰にでも個性はある。
誰もがコンプレックスを抱いたり、ネガティブになったりする。自己嫌悪に陥ることもある。そんな自分をありのままに受け入れ、肯定することで、まずは自分、そして他人の個性を大事にできるのではないか。そうすれば、きっと多様性も受け入れられるはず。
サンボマスターの「おまえがクソだったことはねぇ、クズなんかじゃねぇ、ずっと美しいままなんだよ。」というメッセージは誰もが自分を肯定できる言葉だった。
後日、詩羽はTwitterでこう語る。
「私がステージで自分を「可愛い」と認めることで、見に来てくれたチビちゃんからオジちゃんまでみんなが、「自分を自分で褒めて認める」ことに抵抗なくなって欲しいの」
Twitter
「私の可愛いが正義!」とかそんな話ではなく、自分にとっての「可愛さ」を大切にして自分で自分を肯定していこうねって話
これらのメッセージを生で受け取り、自分をもっと肯定していこうと思えた。それだけでもOTODAMAに来てよかった!
進化し続ける!崎山蒼志のパフォーマンスとぶっ刺さる表現能力
4歳からギターを始め、小6で作曲を開始したシンガーソングライター崎山蒼志。AbemaTV「バラエティ開拓バラエティ 日村がゆく」の”高校生フォークソングGP”で第3回グランプリを獲得し、一躍有名になった。
最も小さなステージで行われたが、開演時間が近づくと人がドッと増えた。後方からはステージがほぼ見えない状態になり、注目度の高さがうかがえる。
実は筆者は真心ブラザーズのファン。残念なことに崎山蒼志とLive時間が被っており、迷ったあげく崎山蒼志のLiveを選んだ。成長過程にある彼の今を観られることが貴重な気がしたからである。
今回はバンド編成でのLive。20歳になった彼はいつの間にか少年から青年に成長していた。少しあどけなさの残る顔は演奏が始まると、ガラリと変わる。
まっすぐに宙をみつめて歌い、観客が乗ってくると少し安心したかのように微笑んだ。ピョンピョンと飛び跳ね、たまに白目になりながら、崎山蒼志は覚醒していく。縦横無尽にステージを使い、頭をぶん回しながらギターをかき鳴らす。音楽に酔うとは、まさにこのことだろう。
最終曲は彼が、中1で作詞作曲を手がけた「五月雨」。筆者が、崎山蒼志を知ったきっかけになった曲だ。
バンドセットでの「五月雨」はエネルギッシュだった。疾走感があふれる速弾きのギターにベースが音を持ち上げ、壮大なサウンドに仕上げる。進化し続ける「五月雨」は観客を熱狂させた。
周りを見渡すと観客は10代から50代までと幅広い。彼の音楽は世代を超えて刺さるのだ。繊細で浮遊感のある歌声と、歌詞が持つ世界観にどんどんと引き込まれていく。
彼の感受性が生み出す言語世界が、どう培われてきたのか知りたくなる。
MCで「天気がいいですね、良すぎて怖いくらいです。」と何気なく言い放った。天気がいいことを、怖いと表現する人に初めて会った。
その言葉に彼の感性が凝縮されている気がする。天気の良さに何の怖さを感じているのだろう。同時にこうも言った。「僕、水が好きなんですよ」と。だからこそ、雨の気配が感じられない晴天を恐れるのだろうか。
彼の楽曲のタイトルを見ると「五月雨」「潜水」「水栓」「舟を漕ぐ」など水を想起させるものが多くある。
「潜水」の歌詞から一部引用する。『春の風 感じて 渚へ向かう 転がっている幸せをよけながら』から始まり、サビでは『ちぎれるほど抱いた不平不満を愛している 愛しているの 数えきれないほど拾った不幸と共に もう息をするのも忘れて 闇の踊る方へ』と歌う。
幸せをよけ、闇へと向かう。陰と陽でいうならば、彼は自ら陰へと飛び込んでいくようだ。陰が持つ不安定さに、彼の独特な感性の所以があるのかもしれない。
ナンバガ、ナンバガ言っている奴ら!ZAZEN BOYSを聴け!
2002年に解散し2019年に再結成、そして2022年に突如解散したNUMBER GIRL。そのボーカル向井秀徳が同じくボーカルを務めるバンド、ZAZEN BOYSが登場した。所属は向井秀徳が自ら立ち上げた「MATSURI STUDIO」。2003年から活動を本格化する。
中学生時代からNUMBER GIRLの大ファンだった筆者。再結成に喜ぶも、Liveチケットはことごとく外れ……。解散Liveは東京の東、亀有MOVIXのLiveビューイングでなんとか観られた。
実を言うとNUMBER GIRLをずっと聴いてきた筆者にとって、ZAZEN BOYSはバチっとハマるバンドではなかった。しかし、向井秀徳の音楽を生で聴けることに心は高ぶっていた。
リハーサル、ステージに向井秀徳が現れると「ワァッ」と思わず声が出た。もはや神々しさを感じる。向井秀徳は「チェックワンツゥ〜〜↑」と独特の節でマイクチェックをおこなう。これだけでも異彩を放っている。続けて「Honnoj」を歌い、観客を沸き立たせた。
いよいよ本番。「MATSURI STUDIOからやって参りました、ZAZEN BOYS!」の向井秀徳の一言で始まる。
始まるやいなやZAZEN BOYSを聴いてこなかったことを悔やんだ。ベース、MIYAの心臓の鼓動と共鳴するような音、ドラムス通称「柔道二段」松下敦の脳内にドカドカと響くような音、向井秀徳と通称「カシオマン」吉兼聡の六本の狂った鋼のギター。
4人の個性がここまで光るバンドはなかなかない。特にMIYA。ヘッドバンギングしながら演奏する姿は超人的だった。
向井秀徳は、アサヒスーパードライ350缶をステージ上で飲み始める。飲み干すと缶を投げ捨て、スタッフが持ってきた次の缶を受け取った。
そしてギターを置き、ポケットに片手をつっこみ「ボールいっぱいのポテトサラダが食いてぇ」と歌う。途中から自ら踊りだす自由なふるまいに、見惚れてしまった。ポテトサラダが食べたい、というだけの曲なのに。
しまいには「ナニコレ?軟体動物!」と自分で突っ込むのだ。翌日、筆者がポテトサラダを食べたことは言うまでもない。
「RIFF MAN」では、4人の呼吸とサウンドがピタッとあう。次第に早くなっていくテンポに音は全くズレない。観客は、一体化したようにリズムにのっていく。筆者の四肢も自然に音に合わせて動いていた。
ZAZEN BOYSが去ったあとも充足感に浸り、放心状態だった。筆者の前にいた男性は「めーっちゃ気持ちいい!」と言った。「わかる。気持ち良かった!」と心の中で返した。
これを書いている今でさえ、その時のことを思い出すと、鳥肌がたっている。
声を大にして言う。いいか。NUMBER GIRLしか聴いてない人は、ZAZEN BOYSも聴くんだ!
興奮冷めやらない!ありがとうOTODAMA
久しぶりにフェスに参加し、生のアーティストのもつエネルギーやメッセージを体感できたことはこの上なく素晴らしい体験だった。
はしゃぎにはしゃぎまくり、興奮はしばらく冷めやらなかった。本当は大トリであるUAのLiveも楽しみにしていたが、疲れ切ってしまい彼女の甘美な歌声を聴きながら会場を後にした。最後に花火が上がったことを知り、少し後悔したが…
シートエリアでのんびり聴くことも、好きなアーティストが出ればスタンディングエリアへ移動するなど自分のスタイルで楽しめるのもフェスの良さだ。今まで聴いてこなかったアーティストを知ることができるのもフェスならでは。
OTODAMAでは、モッシュ、ダイブなどの危険な行為は厳禁。会場には、アーティストを映すスクリーンはない。そうなると自然と近くでLiveを観たくなるものだが、観客同士は決して押し合うことはなく適度な間隔を維持していた。
ピースフルな空間をありがとう。
音楽の楽しさを思い出させてくれてありがとう、OTODAMA。また来るね。